店舗を開業するとき、「内装設計は業者に任せればいい」と思っていませんか?
しかし実際には、施主側が設計の方向性や必要な設備、動線の考え方をある程度理解しておかないと、うまく意思疎通が取れず、理想とはかけ離れた空間ができてしまうこともあります。
特に「CAD図面が必要です」と言われたとき、「そんなのプロが使うものでは?」と戸惑う方は多いはずです。
この記事では、「店舗設計にCADは本当に必要なのか?」という問いから始め、プロに任せるべき判断基準、自分で描く場合に役立つ無料ツールや業種別の注意点、そして見落としやすい自動ドアのような特殊設備の反映方法まで、じっくりとお伝えします。
目次(このページの内容)
そもそも、店舗設計にCADは本当に必要なのか?
結論:CADは「設計のためのツール」であり、「誰かに伝える」ための手段です。必須かどうかは「誰に何を伝えたいか」で決まります。
CAD(キャド)とは、Computer Aided Design(コンピューター支援設計)の略称で、図面をデジタルで描くための技術やソフトのことを指します。建築士やデザイナーが使うツールと思われがちですが、実は「誰が使うか」よりも「何を伝えるために使うか」が本質です。
たとえば、以下のような場面でCAD図面は使われます:
- 工事業者に施工内容を伝えるため
- 消防署や保健所などに必要な許認可を取得するため
- 内装業者との打ち合わせ資料として
- 自分の頭の中のレイアウトイメージを正確に共有するため
CADは、こうした「情報の共有ツール」として使われているのです。
つまり、口頭や手描きでうまく伝わる場合は、必ずしもCADが必要とは限りません。逆に、寸法が厳密でなければならない場面や、多くの人と関わるプロジェクトではCADがほぼ必須になります。
背景:なぜ「CAD=プロ専用」と思われがちなのか?
一昔前までは、CADソフトは高額で、操作も複雑でした。AutoCADのような有償ソフトは数十万円以上が当たり前で、個人が手を出せるものではありませんでした。しかし現在では、Jw_cadをはじめとする無料で使えるソフトも多く、YouTubeなどに操作方法の解説も豊富にあります。
伝える図面と伝わらない図面の違い
どんなに丁寧に図面を描いても、それが「誰にとっても読みやすく、目的を果たす内容」になっていなければ意味がありません。たとえば厨房設備を設置する図面で、コンセントの位置やダクトの経路が書かれていないと、設備業者は現場で作業ができません。
このように、CADを使うかどうかの前に、「どんな情報が必要なのか」「どこまで伝えなければならないのか」を理解することが最も大切です。
このような考え方をもとに、次は「自分でCADを使って設計するべきか、プロに依頼するべきか」の判断基準を見ていきましょう。
ここから「自分でできる?それともプロに頼むべき?判断の分かれ目」を展開します。
自分でできる?それともプロに頼むべき?判断の分かれ目
結論:CAD図面を「誰に渡すか」「何のために必要か」で、自作かプロ依頼かを決めましょう。
CAD図面を描く必要に迫られたとき、最初に考えるべきなのは、「図面を渡す相手」と「図面の用途」です。
ここを明確にしないと、「頑張って自分で描いたのに使えなかった…」という結果になりかねません。
判断基準1:図面を誰に渡すのか?
- 工務店や内装業者に伝える
→ 簡易な寸法と配置がわかればOK。レイアウト図だけで十分な場合もあります。 - 消防署や保健所に提出する
→ 法的に定められた記載項目や形式が必要。素人の図面では通らないことも。 - 設備業者(電気・水道・空調)に伝える
→ 正確な寸法、コンセント・排水の位置など詳細が必須。断面図や配管図が必要なことも。 - 建築士や設計士との協働
→ プロ同士でやりとりされるため、CADデータの形式(.dwg/.jwwなど)も問われる。
→ 結論:業者や行政が相手ならプロに任せるほうが安心。工務店とのやり取りなら自作も可。
判断基準2:業種ごとの図面難易度
- 飲食店
厨房機器の配置、給排水、排気、動線確保、消防法の対応など複雑。
→ プロに依頼したほうが確実 - 美容室・サロン
椅子間の距離、配管、電源、鏡の位置など細かい調整が多い。
→ 簡易なレイアウトは自作可、施工図面はプロ推奨 - 物販店・小売
什器の配置と通路が中心。電源位置やストックルームの扱いが肝。
→ 自作+部分的にプロの確認でも可能
判断基準3:時間とお金のバランス
- 時間がある → YouTubeで操作を学びながらJw_cadなどで自作する選択も現実的
- 時間がない → すぐにプロに依頼して、設計ミスによるトラブルを未然に防ぐのが賢明
要注意:自作する場合の「見落としがちな盲点」
- 設備記号(例:スイッチ、給排水、照明、換気扇など)の記入漏れ
- 法規チェック(建築基準法、消防法、風俗営業など)
- 平面図だけで立体イメージを伝えきれない
まとめると、図面の使用目的と相手を明確にすることで、自作で済むケースとプロ依頼が必要なケースがはっきり分かれます。
おすすめの無料CADソフトと、その選び方
結論:Jw_cadは最も手軽で、店舗設計にも向いている。目的や操作性に合わせてソフトを選びましょう。
CADソフトと聞くと、難しそう、高そう、と身構えてしまう方も多いですが、現在は無料でも高機能なソフトがいくつもあり、個人の店舗開業準備にも十分対応できます。
そもそもCADソフトって何ができる?
- 図面の作成(平面図、立面図、配置図など)
- 寸法の正確な入力と編集
- 設備・什器・配管などの記号やブロック配置
- レイヤー機能による情報整理(電気系統と建築系統を分けるなど)
注意点:CADは「図面専用ソフト」であり、インテリアの3Dシミュレーションとは用途が違います。
初心者にも扱いやすい無料CADソフト3選
| ソフト名 | 特徴 | 対応OS | メリット | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| Jw_cad | 日本製で圧倒的な普及率 | Windows | 無料・情報が豊富・操作が直感的 | Mac非対応・印刷設定に癖 |
| DraftSight(旧無料版) | AutoCAD互換で本格派 | Windows, Mac | 有償版が主流に移行・以前は無料で人気 | 無料版は廃止傾向 |
| LibreCAD | 海外製オープンソース | Windows, Mac, Linux | 軽量・英語でも使える | 日本語対応が不完全・情報が少なめ |
→ 迷ったらJw_cadでOK。YouTubeに操作動画も多数あり、店舗設計の事例も豊富です。
ソフトを選ぶ際の判断基準
- 対応OS:MacユーザーはLibreCADなどを検討。Boot CampなどでWindows環境を用意する手も。
- 使いやすさ:操作が簡単かどうか。体験動画をチェック。
- 出力形式:施工業者と共有するなら、.jww(Jw_cad)か.dwg(AutoCAD)形式に対応しているとスムーズ。
- テンプレートや部品データの有無:店舗用の什器や設備記号が入ったライブラリ付きが便利。
店舗設計で使う際に役立つ操作Tips
- スケール設定は必ず最初に!:1/50や1/100など、施工図のスケールに合わせてスタート。
- レイヤーで情報整理を!:壁面、設備、電気、サインなどに分けると後が楽。
- 寸法線・文字サイズは印刷サイズで確認を!:小さすぎて読めない図面になりがち。
無料でも、CADを正しく使えばプロレベルの図面を作ることが可能です。
次は「失敗しない店舗レイアウト設計の考え方」へと進みましょう。ここではCADを使う前に知っておくべき、設計の基本視点を解説します。
店舗設計で失敗しないための「レイアウト思考」の基本
結論:図面を描く前に「人の動き」と「業務の流れ」を可視化し、レイアウトは“体験”から考えるべきです。
店舗設計において「図面を描くこと」が目的になってしまうと、本来の目的——売上アップ、スタッフの働きやすさ、顧客満足度の向上——が後回しになります。
設計図を描く前に、「どんな人が、どの順路で動くのか」を紙とペンで描いてみることが、良いレイアウトの出発点です。
要点:レイアウトの「3本柱」
- 動線:お客様とスタッフの移動ルート
- ゾーニング:空間の使い分け(受付・販売・バックヤードなど)
- 視線:入店時の第一印象と、目に入る商品やサービス
手順:レイアウト設計の基本ステップ
- 「入り口」からの動線を紙に描く
→ 入店直後、目に入る場所はどこか?レジはどこに置くか? - 商品・サービスの「主役」を決める
→ 最も売りたい/見せたいものを中心に設計。目線の高さ・距離を意識。 - バックヤードやスタッフの動線を逆算する
→ ゴミ出し、ストック、準備動線が顧客動線とぶつからないか確認。 - 什器のサイズを仮配置する
→ 通路幅や作業スペースはJISや業界基準に従う(通路:最低750mm〜900mmなど) - 法令に注意(消防設備・換気・バリアフリーなど)
→ 特に飲食・美容系は「施術空間」と「衛生管理空間」の分離に注意。
見落とされがちなレイアウトの失敗例
- レジが死角にあり、防犯上リスク
- 通路が狭く、ベビーカーや車椅子が通れない
- 人気商品が奥にあり、手前で買い物が完結してしまう
- スタッフ同士のすれ違いが多く、業務効率が落ちる
実践:CAD図面に落とし込む際の注意点
- レイアウト図には、「人の流れ」を示す矢印を描く
- 通路の幅は線だけでなく、文字で明記する(例:通路幅900mm)
- 店舗内にサインや案内を入れる位置も検討しておく
設計に正解はありませんが、「自分のお店を、初めて来たお客さまがどう感じるか」を疑似体験する視点を持つことが、良いレイアウトの第一歩です。
業種別にみる、CAD図面で気をつけるポイント
結論:業種ごとに図面での「優先順位」が違います。必要な設備・法令・顧客体験を明確にして設計に反映させましょう。
CAD図面に落とし込む内容は、業種ごとにかなり異なります。飲食店、美容室、物販店では、必要とされる機器や導線、遵守すべき法令も変わります。
ここでは、主要な3業種に絞って、CAD図面で注意すべき点を解説します。
飲食店:厨房とホールのバランス、排気・保健所対応がカギ
要点:厨房設備・排気ルート・手洗い・ゴミ動線・座席配置のすべてが図面に反映される必要あり。
注意点:
- 厨房設備図のレイヤー分け(調理機器/配管/電気など)
- 排気ダクトの経路明記(天井裏 or 壁面通し、どこで排出するか)
- 手洗い・手指消毒設備の位置(保健所審査用)
- ホールの通路幅(最低でも900mm以上確保が推奨)
背景:
保健所への図面提出時には、「厨房面積」「手洗いの数」「冷蔵庫やシンクの種類」などがすべて確認されます。CADでないと、細かな修正が難しいため、飲食店はプロのサポート推奨度が高い業種です。
美容室・理容室:設備配置と法規のバランスが難しい
要点:椅子の間隔・給排水の設置・鏡の反射範囲・店舗全体の衛生環境をCADで正確に表現する必要あり。
注意点:
- セット面(椅子)の間隔は最低でも1.5m推奨
- 給湯器・配管の位置を記載(シャンプー台に給湯が届くか確認)
- 鏡の位置と「見せたい背景」の設計
- 化粧品販売や施術を行う場合は、専用の衛生空間確保が必要
背景:
美容所としての届出には、専用面積や換気・給排水設備の規定があります。椅子と椅子の間隔や、シャンプー台の排水勾配など、現場での施工と直結する要素が多いため、図面上の精度が重要です。
物販店:什器配置と在庫導線、通路の幅がポイント
要点:買いやすさと管理しやすさのバランス。ストックルームや搬入動線も設計に含める。
注意点:
- 什器の寸法を実物ベースで反映
- 通路幅は店舗の規模に関わらず最低900mm〜1,200mm
- ストックと売場をつなぐ「スタッフ専用動線」を確保
- 搬入ルートの設計も忘れずに(裏口〜バックヤード)
背景:
物販店舗では、見やすい商品配置と在庫管理のしやすさが求められます。さらに、商品によっては防犯・監視カメラの設置場所、サイン計画もCADで共有する必要があります。
CAD図面に反映させる内容は、「設計上の優先順位」と直結します。業種によって設備や法規が異なることを前提に、自分の業態に合った設計の視点を持つことが重要です。
【適ドア適所】設計に影響する設備の見落としに注意(専門設備と図面の話)
結論:設計図面には、自動ドアなどの「動作や寸法に制約のある設備」も正確に反映させる必要があります。CADに落とし込まれていないと、設置トラブルの原因になります。
CAD図面を作成する際、「壁・什器・配管」などの静的な設備は描かれやすい一方で、「動く設備」や「設置条件に制限のある装置」は見落とされがちです。その代表例が、自動ドアやシャッターなどの出入口装置です。
手動ドアと自動ドア、何が違う?
手動ドアであれば、建具のサイズと開閉方向がわかれば概ね問題ありません。しかし、自動ドアになると事情が変わります。
自動ドアで図面に必要な情報:
- 有効開口寸法(通れる幅)と全体幅
- センサーの取り付け高さ・範囲
- 動作に必要な空間(扉の引き込みスペースなど)
- 動作方式(引き戸/スイング/荷重式など)
→ 設計段階で自動ドアの仕様が未定だと、壁や配線の再設計が必要になることも。
ケーススタディ:Newtonドア(荷重式自動ドア)の例
Newtonドアは、電気を使わず、人の重みで開閉する荷重式自動ドアです。電動式のような配線工事が不要で、災害時にも機能する設計が特長です。
図面に反映すべき点:
- ドアユニットの寸法(W=820mm、H=1900mmなど)
- 扉がスライドする方向と、引き込みに必要なスペース
- ドア下部のスロープやステップとの干渉確認
- 防火区画や避難動線との整合性
【補足】
荷重式であっても「出入口幅の確保(例:有効幅800mm以上)」や「バリアフリー基準」は満たす必要があります。JIS A 4722(自動ドアの安全規格)との整合も確認しておくとベストです。
自動ドア以外に見落としやすい設備
| 設備カテゴリ | 例 | 図面に反映すべき情報 |
|---|---|---|
| 出入口装置 | 自動ドア、手動ドア、シャッター | 開口寸法、開閉方向、操作方法、電源有無 |
| 空調設備 | 天井エアコン、換気扇 | 吹き出し口位置、ダクト配管ルート |
| セキュリティ | 防犯カメラ、電子錠 | 視界範囲、配線、モニター設置位置 |
| 電気設備 | 照明、スイッチ、コンセント | 個数、位置、高さ、回路構成 |
設備の情報を正確にCAD図面に盛り込んでおくことで、現場施工でのトラブルを大幅に減らせます。
とくに自動ドアのように「動く機構」を含む設備は、設計段階から慎重に扱うべきポイントです。
【適ドア適所】にそった「まとめ」
結論:CAD図面は設計のゴールではなく、「伝えるための手段」です。伝える相手と内容を明確にし、設計の本質からブレないことが重要です。
店舗設計でCADを使う目的を見失わない
CADを導入するか否か、その判断は「自分が誰に、どんな情報を、どの精度で伝える必要があるか」によって変わります。
- 工事業者への説明用に簡易図で済むなら、自作も現実的。
- 行政申請や複雑な設備対応が必要なら、プロへの依頼が無難。
- 設計は“設計図”を描く前に、“設計する考え方”を持つことが先です。
伝える図面=動線、設備、制約を「体験」から設計する
- 図面は“空間を上から見た記号”ではなく、“人の体験を描く道具”です。
- 誰がどう動くか、どこで作業するか、何に手が届くかを想像しましょう。
- 通路幅や視線、レジ配置など「感覚的な要素」も図面に言語化することが設計の質を高めます。
自動ドアや特殊設備は「設計の早期段階で反映」する
- 特にNewtonドアのような「構造に依存する装置」は、後から反映しようとすると現場での大幅な手戻りを招きます。
- 荷重式自動ドアは停電や災害時にも強く、非電動設備としての利点もあるため、建築初期からの設計連携が最も効果的です。
最後に:CADを“描く”より“使いこなす”ために
この記事が伝えたかったのは、CADソフトや操作テクニックよりも、「設計の考え方」そのものです。
自分で描くにしても、プロに任せるにしても、最終的に必要なのは「相手に伝わる図面」。
そのために、どんな道具を、どの順番で、どこまで使えばいいのか——その判断を助けるために、CADは存在しています。
FAQ(よくある質問)
Q: CAD図面って素人でも描ける?
A: はい、基本的なレイアウトや配置図であれば、Jw_cadなどを使えば素人でも作成可能です。図面の用途と相手に応じて、自作かプロ依頼かを判断しましょう。
Q: 飲食店に必須の設計項目って何?
A: 厨房のレイアウト、排気設備、手洗い場、冷蔵庫・シンク配置、座席数などが重要です。保健所の基準を満たすため、プロの設計が望ましいです。
Q: 無料のCADって本当に使える?
A: Jw_cadなどは十分に実用的で、業者とのやりとりにも使えます。図面データの受け渡しに制限がないかだけ注意してください。
Q: 図面ってどの程度まで細かく描くべき?
A: 相手によって異なります。工務店への指示用なら大まかな配置でOK、行政申請や施工用は配線・配管・寸法まで細かく必要です。
Q: 設計図は誰に見せるためのもの?
A: 主に内装業者、電気・空調設備業者、消防・保健所の行政担当者が確認します。誰に何を伝えるのかを明確にすると設計の方向性がブレません。
Q: 自動ドアの図面はどう描く?
A: ドアの種類(スライド/スイング)、開口寸法、引き込みスペース、電源有無などを正確に記載します。Newtonドアのような荷重式の場合も、スライド方向と有効開口を明示する必要があります。