自動ドアというと、多くの方が「電動式で、センサーで開くもの」を思い浮かべるのではないでしょうか。
確かに、一般的な商業施設やオフィスビルでは電気式の自動ドアが標準になっています。しかし、実は「電気を使わない自動ドア」も存在しており、用途や条件によっては非常に合理的な選択肢となることがあります。
本記事では、建築士として店舗設計に携わる方に向けて、特に「自動ドアの選定」にフォーカスして解説していきます。
以下のような悩みや疑問を感じたことはありませんか?
- 施主から「電気を使わないタイプにしたい」と言われたが、選択肢がわからない
- バリアフリー対応を求められているが、自動ドアの設置はコストが重い
- 停電時の安全性まで考慮すると、電動式に不安がある
- 設計者として、自動ドアの選定も責任を持って提案したいが、自信がない
こうした悩みは、実は多くの建築士が抱えているものです。
そして、それに対する情報は意外と断片的で、比較や判断の軸が整理されていません。
この記事では、次のような内容が学べます:
- 建築士としての「設備選定」の責任と、その考え方
- 「電源がいらない自動ドア」の仕組みと選定ポイント
- 設置環境に応じた自動ドアの種類と、適切な使い分け(=適ドア適所)
- 停電時や災害時にも対応できる設計視点
- 設計段階で押さえておきたい「ドアまわりの設計寸法と注意点」
- 施主との打合せで使える、わかりやすい伝え方
「設備に強い建築士」としての信頼を築くために、そしてよりよい空間づくりのために。
ぜひ最後までご覧ください。
目次(このページの内容)
店舗設計における「設備選定」までの責任範囲とは?
要点:
建築士の業務は「図面を書く」だけではありません。特に店舗設計では、空間全体の使いやすさや、安全性、さらには法規制やバリアフリー対応など、様々な要素を統合する必要があります。
自動ドアのような設備も、その「設計品質」に直結する要素のひとつであり、建築士が関与すべき重要な領域です。
背景:どこまでが建築士の役割?
建築士法に基づくと、建築士の業務には「設計」「工事監理」が明記されています。
しかし実務上は、「設計図に設備が含まれていれば責任を負う」「含まれていなければ対象外」と明確に区切れるものではありません。
特に以下のようなケースでは、建築士の提案や判断が設備選定に強く影響します:
- エントランスの構成と動線計画:店舗においては、出入り口の位置や開閉方式が客導線や回転率に関係するため、設計段階からの意識が必要です。
- バリアフリー配慮:段差解消や扉の開閉力・スピードなど、高齢者や車椅子利用者への対応が求められます。
- 消防・避難経路との整合性:ドアの種類や開き方が避難の障害にならないか、法規的なチェックが必須。
- 意匠設計とのバランス:店舗のブランド性や外観イメージを損なわない自動ドアのデザインやフレーム形状などの検討。
これらは「設備業者任せ」では済まされない領域です。設計者としての意図を図面や仕様書に反映する責任があると考えるべきです。
実例:提案の有無で「空間の質」に差が出る
以下は、同じ規模・業態の店舗において、建築士が設備提案を行った場合と、そうでなかった場合の違いを表した比較です。
| 設計関与の有無 | 自動ドアの選定 | バリアフリー対応 | 顧客動線 | 設計者への信頼 |
|---|---|---|---|---|
| なし(業者任せ) | 電動式の標準品 | 傾斜が残る・不自然な段差 | 滞留発生・混雑気味 | 「普通」レベル |
| あり(設計者提案) | 電源不要のスプリング式 | 段差ゼロ+スムーズな開閉 | 回遊性が高く混雑しにくい | 「気が利く」「また頼みたい」 |
小さな差が、設計品質の「印象差」になる
クライアントが設計士に求めているのは、単なる図面ではなく「空間体験の質」です。
その中で「ドアの開閉」ひとつ取っても、「電源がなくても開く」「静かで安全」「操作いらず」などの要素は、来店者の無意識の印象に大きく関わります。
つまり、建築士が設備に強くなること=空間設計の完成度が上がることと直結するのです。
「自動ドア=電動式」は思い込み?電源不要の選択肢もある
要点:
自動ドア=電動式という認識は一般的ですが、それは決して唯一の選択肢ではありません。
電源を必要としない「荷重式」や「スプリング式」といったタイプも存在し、設置条件や用途によってはむしろ最適な選択となるケースもあります。
「自動ドア=電動式」の刷り込み
ほとんどの人が、駅ビル・病院・オフィスビルで見かける「センサー式の自動ドア」に慣れており、自動ドア=電動=センサーで開く、というイメージを持っています。
この認識は施主だけでなく、設計者側でも疑うことなく受け入れられている場合が少なくありません。
しかし、実際には次のような理由で「電動式が使えない、または使いたくない」ケースも存在します:
- 店舗の立地条件により電源供給が難しい(仮設店舗、離島など)
- 停電時にも確実に出入りできることが求められる(自治体施設、防災拠点)
- 使用頻度が限定的な場所で、電動機構がコストやメンテナンスに不利
- 環境負荷や省エネを意識して電力使用を極限まで減らしたい
こうした場面では「電源不要=手動ドア」の一択ではなく、「自動開閉を実現しつつ電気を使わない」ドアが有効です。
電気を使わない自動ドアの代表例
- 荷重式自動ドア(Newtonドアなど)
→ ドアに体重をかけることでスライド開閉し、手を使わずに出入りできる
→ 電源不要・バネとローラーのみで可動 - スプリング式自動ドア
→ 軽く押すと開き、手を離すとゆっくり閉まる
→ 飲食店の厨房出入り口などでよく使用される - 自閉機構付き手動スライドドア
→ 手動で開けるが、閉じる際にバネでゆっくり戻る
→ シンプルな構造で電気不要、商業施設のバックヤードなどに適する
これらはいずれも「電源なしで可動」「バリアフリーにも対応可能」「シンプルな構造で耐久性が高い」といった特徴があります。
設計者が知らないことで「損」することも
建築士がこうした選択肢を知らずに設計を進めると、以下のような結果になりがちです:
- 電源工事の追加が必要となり、予算オーバーや工期遅延を引き起こす
- 停電時の可動性について質問された際に「わからない」としか答えられない
- 本来使えるはずの省エネ・バリアフリー対応ドアを提案できない
逆に言えば、「電源不要な選択肢もありますよ」と設計段階で一言加えるだけで、クライアントの満足度が一段上がります。
【適ドア適所で考える】店舗に最適な自動ドアのタイプとは?
要点:
「どのドアがベストか?」は、ドアの性能そのものよりも「どの場所に使うか」で決まります。
つまり、“性能が高いから適している”のではなく、“用途に合っているから適している”という視点。これが「適ドア適所」の考え方です。
自動ドアの選定で迷いやすい理由
建築士がドアを選ぶとき、以下のような判断基準が混在してしまうケースが多く見られます:
- クライアントが望む機能(非接触、音が静か)
- 建物の規模やグレード感
- コストと納期のバランス
- 消防・避難経路との整合性
- デザインとの調和
- 電源の有無
これらを頭の中で同時に検討していると、結果として「いつもの電動式にしようか…」という無難な選択に落ち着いてしまいがちです。
自動ドアのタイプ別 比較表(適ドア適所)
| タイプ | 特徴 | 向いている場所 | 電源 | バリアフリー | 主な利点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 電動式(センサー) | 一般的な自動ドア | 大型商業施設、交通機関など | 必要 | ◎ | 非接触で快適、多人数対応 |
| タッチ式電動ドア | スイッチで開閉 | 小規模店舗、オフィス入口など | 必要 | ◯ | 誤動作しにくく、電力使用も少なめ |
| 荷重式(Newtonドア等) | 足元に体重をかけてスライド開閉 | 高齢者施設、自治体施設、無人店舗 | 不要 | ◎ | 両手がふさがっていても通行可 |
| スプリングヒンジ式 | 押すと開いてゆっくり閉まる | 飲食店厨房、バックヤードなど | 不要 | △ | シンプル構造、低コスト、耐久性高 |
| 手動+自閉機構付き | 手で開けて自然に閉まる | 商業施設の裏口、スタッフ用出入口 | 不要 | △ | 安価で故障リスクが少ない |
「適ドア適所」=設計の質を高める判断軸
このように、それぞれのドアには“向いている場面”が明確にあります。
そのため、設計段階で「場所別に適したドアを設計的に選ぶ」ことが、結果として空間の完成度を高めることにつながります。
例えば、以下のような判断ができると、設計提案に説得力が出ます:
- 「ここは電源が取りづらいので、荷重式を使えばコストも工期も抑えられます」
- 「無人店舗なので、停電時でも確実に開閉できる非電源式を」
- 「厨房出入口はスプリング式にして、衛生面と回転率を両立しましょう」
電源がない場所でも「安心・安全」を確保するドア設計
要点:
停電時や非常時にも確実に開閉できることは、施設の「命綱」となる要件です。
特に自治体施設や高齢者施設、災害拠点としても活用される公共建築では「電源不要の可動性」は設計要件として見逃せません。
電動式ドアの弱点=「電気が止まると動かない」
電動式の自動ドアは、停電時に「手動に切り替わる」タイプも多いですが、それでも以下のような問題が起こる可能性があります:
- 開閉が重く、高齢者や障害者が自力で操作できない
- 一時的な手動切替が必要で、緊急時に現場スタッフが対応できない
- 地震や豪雨などで長期停電した場合、完全に使用不能になる
こうした状況に備えるには、そもそも電気を使わない構造を持つドアの採用が非常に有効です。
事例:Newtonドアの導入が進む自治体施設
Newtonドア(荷重式自動ドア)は、電源を一切使わず、足元に体重をかけることで開く構造になっています。
このドアは以下のような特性を持ち、電源のない環境でも安全性と利便性を両立します:
- 物理構造だけで開閉ができ、停電時も100%可動
- 両手がふさがっていても通行可能(ベビーカー・車椅子・荷物を持った状態)
- バネ・ローラーのみで可動するため、構造がシンプルで壊れにくい
- JIS規格との整合性が取れた設計(開閉速度・安全領域など)
実際に、以下のような公共施設で導入されています:
- 市民センター・図書館の多目的トイレ出入口
- 小学校のバリアフリー通路(停電時にも避難導線を確保)
- 高齢者福祉施設の共用出入口(職員不在でも通行可)
これらの導入事例から見えるのは、単なる「コスト削減」や「非常時対応」にとどまらず、
「日常の快適性と安全性」の両立という視点です。
設計者として意識すべき「非電源の価値」
設計段階で「この場所は停電時にも確実に使える構造が必要」と判断できるかどうか。
これは設計品質を大きく左右するポイントです。
特に、以下のような施設・条件では、非電源ドアの検討を強くおすすめします:
- 災害時の避難経路となる動線
- 職員が常駐していない公共エリア(例:夜間利用される共用トイレ)
- 高齢者や障害者の利用頻度が高い場所
設計段階で考慮すべき「ドアまわり」の寸法と設置条件
要点:
どんなに良いドアを選定しても、設置条件を満たしていなければ機能しません。
特に自動ドア(電動式・非電源式ともに)は、「可動範囲」「安全領域」「バリアフリー寸法」など、建築設計側で確保すべき寸法が多く存在します。
よくある設計ミス:納まりや可動域の見落とし
建築士が図面で設計する際に、以下のような点が見落とされると、後工程での調整が発生し、コストや工期に悪影響を及ぼします:
- 壁際の引き込みスペースが不足していて、全開できない
- 扉の可動範囲に照明や棚などが干渉する
- 手すりやスロープが「扉の可動軌道」と重なってしまう
- 非常時開放のクリアランスが足りない(避難ルート確保の不備)
こうした事例は、「ドアの種類に応じた設計基準」を理解していないことが原因です。
基本寸法とJIS規格の整合性(例:Newtonドア)
非電源式の荷重式自動ドア(Newtonドア)の場合、以下のような寸法要件が発生します(※参考値):
| 項目 | 推奨寸法(目安) | 補足 |
|---|---|---|
| ドア幅(有効開口) | 700〜800mm | 車椅子通行可=800mm以上が望ましい |
| 可動範囲の確保 | 開閉動作範囲+100mm以上 | 安全確保のため、周囲に干渉物を設けない |
| 引き込み側スペース | ドア幅と同等(引戸の場合) | 物理的に引き込めないと開閉できない |
| 段差 | 0〜5mm(最大でも10mm未満) | バリアフリー法に基づく |
| 非常時の解放幅(避難) | 750mm以上 | JIS S0026等に準拠 |
また、JIS規格では、以下のような安全に関する配慮も定められています:
- 開閉速度の上限(速すぎると危険)
- 障害物検知と停止機能(電動式における)
- 子どもや高齢者でも操作可能な力の範囲
設計図作成時には、こうした基準と照らし合わせて「選定したドアが問題なく機能する納まりになっているか」をチェックする必要があります。
設計ミスを防ぐ「早めの相談」と「共通言語」
特に自動ドアのような特殊な設備は、メーカーや施工業者との「早めの打合せ」が有効です。
また、寸法や仕様の理解不足を防ぐために、以下のような資料を活用すると設計精度が向上します:
- ドアメーカーが出している「設計者向け図面テンプレート」
- JISや建築設備設計基準に沿った寸法一覧
- 実際の導入事例の納まり写真やスケッチ
施主との打合せで役立つ「説明のしかた」と伝え方のコツ
要点:
設備の説明は、専門用語や仕組みよりも「施主が何を不安に感じているか」を理解し、それに寄り添った言葉を使うことが重要です。
特に「電気がいらない自動ドア」については、“安全性”や“信頼性”への疑問を持たれやすいため、丁寧な説明が求められます。
よくある質問とその背景心理
施主が抱える典型的な疑問と、それに対する設計者の適切な説明例を見てみましょう:
| 施主の質問 | 背景心理 | 設計者の答え方(例) |
|---|---|---|
| 「電気を使わないって…ちゃんと動くんですか?」 | 不具合や壊れやすさを心配している | 「はい、構造がシンプルなのでむしろ壊れにくいです。バネとローラーで動く物理的な仕組みです」 |
| 「ドアって重くないんですか?」 | 高齢者や子どもでも使えるか不安 | 「手ではなく体重で動かすので、押す力はほとんど要りません。手を使わずに開けます」 |
| 「停電のときはどうなるの?」 | 非常時の安全性を気にしている | 「このドアは電気を使わないので、停電しても100%動きます。災害時も安心して使えます」 |
| 「価格は高いんじゃない?」 | コストパフォーマンスが見えにくい | 「電気工事が不要で、ランニングコストもかからないので、結果的に割安になるケースが多いです」 |
心がけるべき「言い換え」と「可視化」
専門的な内容は、以下のように言い換えることで理解されやすくなります:
- 電源不要 → 災害時でも確実に動く
- 荷重式 → 手を使わずに出入りできる
- JIS規格適合 → 公共施設にも使われている安心設計
- 自閉機構 → 開けっぱなしにならないから防犯・衛生にも安心
さらに、実際の写真や動画、デモ機を見せることで「使っている様子がイメージできる」ことも重要です。
建築士としての信頼を高める「ワンフレーズ」
最後に、施主との打合せで印象に残る一言をご紹介します:
「このドアは、“万が一のときにも、確実に開いて、誰でも通れる”という設計をしています。」
この一言は、ただのドアではなく「安心の仕組み」を設計しているということを伝え、信頼を得るための力になります。
【適ドア適所】にそった「まとめ」
自動ドアを選定する際、「性能が高いか」「見た目が良いか」だけで判断するのは、設計者としては不十分です。
最も重要なのは、「その場所に本当にふさわしいドアかどうか」。
これが、Newtonドアが掲げる設計思想でもある「適ドア適所」の考え方です。
店舗設計における適ドア適所の視点とは?
- 利用者の動線と特性:来客かスタッフか、高齢者か子どもか、手がふさがっているか
- 電源の有無や非常時対応:災害拠点や夜間使用など、停電時に使える必要があるか
- 予算と運用コスト:初期コストだけでなく、メンテナンス費や電気代を含めた長期視点
- デザインとの整合性:建物や店舗ブランドの一部として違和感がないか
設計者に求められるのは「選べる力」
建築士として、単に図面を描くだけでなく、「その空間に必要な性能」を提案できる力が求められています。
そしてそのためには、知識や経験以上に「選択肢を知っていること」「判断軸を持っていること」が大切です。
自動ドアもそのひとつです。
電源がいらないというだけで“特殊”だと思われがちな荷重式自動ドアは、むしろ多くの店舗や公共施設にとって“最適な選択”となる場面が確実にあります。
最後に
本記事を通じて、「自動ドア=電動式」ではないこと、そして「設計の質は、設備の選び方にも現れる」という視点が伝われば幸いです。
「設計者の選択眼」は、使う人の暮らしや命を支えるもの。
だからこそ、私たちはこれからも「適ドア適所」の視点で、より良い建築設計を支援していきます。